次から次へと・・・⑦

前回は母のことを載せましたが、父のことでもまた色々とあって・・・。
父が転院した話しには続きがあり(その時の記事はこちら。)、何とその
10日後にはまた元の病院に戻ったんです!
かなり多めの酸素ボンベを用意し主治医も付き添い救急車の手配までして
転院したのに何で?と思ったものですが、結局これ以上は何もできないと
判断されたようで・・・。
とはいえ元の病院でもこれ以上は何もできないからと転院した訳ですから
結局は主治医も「今後は介護型の老人ホームに移ることを考えましょう。」
と。確かに家庭用の酸素ボンベでの生活はもう父には難しいため、自宅に
戻ることはほぼ不可能でしょうから・・・。
そんな訳で今回は母のことだけでなく、その老人ホームの見学も兼ねての
東京行きでした。

そんな東京行きの前日の夜、母から電話があり「今、病院からだけど急に
お父さんの容体が悪化していて娘さんを呼んだ方がいいかもしれないって
先生が言っているのよ・・・。」と。
今までも何度かこんなことがあったんですが、それでも先生からは1度も
そんなセリフを言われたことがなかったんですよね。
これはいよいよか・・・と思ったけれど「でも今日はもう飛行機がないし
やっぱり明日になっちゃうよ!」と言うと「実は私の病気の件でたまたま
明日から娘が来ることになっているんですって先生に話したら、それなら
安心ですねって言ってたから今日明日どうこうって訳じゃなさそうよ。」
と母。
もうかれこれ2年程前から何度もこんなことが続いているため、2人の中
ではある程度覚悟ができているのでこんな会話になるんですよね。
そうはいってもやはり気が気じゃないので翌日は予約した便より少しでも
早い便に乗れないかと早めに空港に行き何とかキャンセル待ちで1つ早い
便に乗ることができました!
そのまま空港から直で病院に行くと、今までで1番苦しそうな父の姿が。
「お父さん!」と声をかけると「misaか?」と目を閉じながらも私だと
分かったようで「もうダメかと思ったよ・・・。」と。
その後、また眠り始めたので窓の外をボーっと眺めているとこんな雲が!
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あまり見たことがないような空ですよね。ちなみにスマホでの写真です。

翌日、母の病院に行く前に父の病院に寄ると、かなり会話ができるまでに
回復していたのにはビックリ!!福岡にいる旦那さまに電話でそのことを
伝えると、心臓が強いんだろうな~と。とにかく驚きです・・・。
で、それならばと老人ホームの見学にも予定通り行くことに。
ただ予約をした時とは状況が違ってきているのでその話しを先方にすると
どこでも遠回しに難色を示されて・・・。それ以外でも普段からかなりの
酸素量が必要になることが不安要素になるようですね。
そんな普通ではないことから安い料金の施設ではまず受け入れてもらえず
見学させてくれた施設になると毎月25〜30万円ぐらいかかるんです!
とはいっても、もし受け入れてもらえるなら有り難いことだと思わないと
いけないんでしょうが、それにしても高過ぎる・・・。

先週末に福岡に戻り母とは毎日連絡を取り合っていますが、今のところは
あまり変わりがないらしく、まだ退院の目途はつきそうにないようです。
ま~なるようにしかならない!と前向きに考えるしかないですね(^^;
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by misa-88y | 2017-11-11 17:18 | 家族の病気 | Comments(2)

次から次へと・・・⑥

昨日のブログにも載せたように、母の術後の病理検査の結果や今後
のことを聞くため先週再び東京へ。
手術してから約1ヶ月後に結果が分かると主治医に聞いていたため
「その時は一緒に説明を聞くので事前に母に伝えておいて下さい。」
とお願いしておきました。
そんな訳で「来週、検査結果の説明や今後の治療のことを話すので
娘さんに伝えておいて下さい。」と言われたからと前の週に母から
連絡があり実家へと。
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まだ10月だったのに、かなり紅葉が進んでいましたね~。

翌日、また予約時間から2時間近くも待たされてから診察室へ。
検査結果は「リンパへの転移もなく全て取り除くことができたので
この部分に関しての再発はまずないです。」と。
ただ以前にも載せたように、やはり進行が早いトリプルネガティブ
というたちの悪いタイプだったそうで「今後は抗がん剤治療を半年
した後に放射線治療を1ヶ月半しましょう。」と言われ、なるべく
抗がん剤治療をしたくない母が「もう歳ですし辛い抗がん剤治療は
あまりしたくないんですが・・・。」と主治医に話すと「それだと
かなり高い確率で約2年以内に転移する可能性があるでしょうね。」
との恐ろしい言葉が・・・。はっきり言うんですね~。
今回は早期の発見だったため、温存手術で済みステージ1でしたが
がん細胞が血管に入っているという結果がでたそうで、主治医曰く
「もう80歳を過ぎているなら薦めないけど、まだ70代と若いし
トリプルネガティブに効くのは抗がん剤のみだからした方がいいと
思うけどね。ただ絶対転移するとは限らないし最後は本人の意思を
尊重するしかないけれど・・・。」と。

結局、他に転移するのだけは嫌!と抗がん剤治療を決断した母。
約2~3時間の点滴投与ということですが、初めだけは1日入院し
様子を診て、その後は3週間に1度の通院で半年続けるそうです。
ま~人にもよるようですが、初めの1週間ぐらいは酷い二日酔い?
のような状態が続き食欲もなくなり、中には3~4キロ痩せる人も
いるんだとか。ただ、吐き気が治まる薬もあると聞いたので少しは
母もホッとしていましたが・・・。
それより髪の毛が抜けるのだけはどうにもならないのでウィッグを
使うしかないですね。

母に関してはそんな感じなんですが、また父のことでも色々とあり
戻ったばかりですが来週も東京へ行くことになりそうです・・・。
そのことはまた次回に!
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by misa-88y | 2017-11-09 17:22 | 家族の病気 | Comments(0)

次から次へと・・・⑤

今、まさに強風域に入っている福岡ですが、昨日は全く雨が降らず
空の色だけが怪しげな雰囲気で・・・。
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こちらは福岡の我が家からみた昨日の夕方の空模様です。
で、やはり今朝も全く雨が降らず午後になってこんな感じに・・・。
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雨は大したことはないですが風は凄いことに!
とはいえ既に台風に備えて食料の買い出しもしていて、数日前には
期日前投票も済ませているため昨日から自宅に籠っています。

では、またまた家族の病気の続編を!
父の転院の前日に大変な事態が起きたと前回の記事に載せましたが
実は旦那さまが倒れたという連絡があったんです!
朝早く知らない番号が通知されていてボーっとしながら出たところ
「こちらは○○救急隊です。○○さん(旦那さま)が倒れて救急車
に乗せたところですが、ご家族の方ですか?」と。
「え?妻です!何があったんですか!?」との問いに「外で倒れて
顔を打ったようですが今は意識が朦朧としている状態です。今から
救急病院に運ぶ予定ですが、かかりつけの病院はありますか?」と
言われ「実は数年前にも同じようなことがあって近くの○○病院で
治療を受けたことがあります。」と言うと「では病院が決まったら
また連絡しますので、すぐに電話に出られる状態でいて下さい。」
と・・・。
結局、その同じ病院に運ぶことになったとの連絡があり「奥さんも
すぐに来てください。」と言うので、実は今は東京にいると詳しく
事情を話したところ「もう1つ㋮と書いた電話番号が財布のメモに
挟んでありますが、その方は来れないんですか?」と。
実は旦那さまが自分の携帯電話の番号を覚えようとしなかったため
もしもの時のために旦那さまは㋮、私は㋯と書いた2人の電話番号
のメモを財布の中に入れておいたんです。
携帯も所持していなかったらしく、それがこんな時に役立つとは!
という訳で「それは夫の携帯の番号です。」と言い「福岡には他に
誰も知り合いがいないので・・・。」と話すと「それでは常に連絡
を取れる状態にしていて下さい。」と言われた後も既往症の確認や
普段飲んでいる薬の確認など何度も救急隊の方から連絡が・・・。
その後、病院の看護師から連絡があり「意識は大分戻られましたが
ご本人は倒れた時のことを全く覚えていないようです。明日、また
詳しい検査をしますが、いつ頃帰って来られますか?」と。
救急隊の方が大まかな事情は話してくれていたようですが検査結果
によっては私が帰る前に退院ということもありそうで「どうしても
母が退院する2日後の夜にはなってしまうので、それまでは何とか
入院させておいてもらえませんか?」と言うと「確かに誰もいない
自宅に帰すのは危ないですね。先生と相談しておきますから。」と。
とても良い看護師さんで、その後も「ご主人と話しをされますか?」
と病室にいる旦那さまに電話を持って行ってくれて、少しだけでも
声を聞けたので多少は安堵しましたが・・・。

それにしても悪いことって重なるものですね。本当に心臓に悪い!
結局この翌日に父の転院、またその翌日には母の退院に付き添って
そのままその日の午後に福岡へ。
退院したばかりの母を1人残していくのは申し訳なかったんですが
こればかりは我慢してもらって・・・。
それなのに、何と!翌日の午後には勝手に退院していた旦那さま。
病院に電話をしたところ親切な看護師さんがでて「どうしても退院
すると言われて先ほど退院されたんですよ。一応、検査結果は問題
なかったのでま~大丈夫でしょう。」と。全く~!!
何でも病室の空きがなくて年配の女性ばかりの部屋にいたんだとか。
それがどうしても嫌だったらしく退院の許可も何とかもらえたので
ということですが、意識を失い顔から倒れたため顔はアザだらけで
首や肩もむち打ちのような状態で、更に前歯も少々欠けていたり。
そんな訳で今はあちこちの病院通いが続いています・・・^^;

近々また母の件で東京へ行く予定になっていますが、当分はこんな
状態が続きそうですね。
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by misa-88y | 2017-10-22 17:56 | 家族の病気 | Comments(0)

次から次へと・・・④

いきなりですが、東京での私の朝食のお供はこのフルグラ♪
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ヨーグルトにかけて食べることがほとんどでしたが、とにかく栄養が
偏った食生活だったので、せめてこれぐらいはと・・・(^^;
母にもネット注文してあげたところ気に入ってくれて!
乳がんだと分かって以来、やはり体に良さそうというものが何となく
気になるようですね。

ではでは、母の乳がん記の続きを!
入院してから2日後に手術という流れでしたが、その入院にあわせて
東京へ。そして手術は朝早くから開始だったため早朝から病院へ行き
病室で手術が終わるのを待っていると、それから約3時間たった頃に
主治医が病室へ来て「今、終わりました。」と。
事前に説明してくれていたように、予定通り無事に終わったと言われ
一安心。全身麻酔だったため、まだ朦朧としたまま病室へ戻ってきた
母には「無事に終わったって。良かったね!」と声だけかけて病室を
後にし、そしてこの翌朝には父の病院へ。
かなり心配していたので手術の結果を報告するためですが、この日は
相当具合が悪く起き上がれない状態で、それでも「お母さん、無事に
終わったよ!」と言うと「良かったな〜。」と嬉しそうな父。
実はこの2日前にも父の病院へ行き、ラインのビデオ通話で母と会話
をしていたぐらいだったんですが、肺気腫というのはこんな風に急に
具合が悪くなるんですよね・・・。
そして、このまま今度は母の病院へ。
痛みもほとんどないらしく母は元気そのもの。ホッとしました。
この時点ではまだ退院の日は決まっていなかったんですが、順調なら
約1週間で退院できるだろうと初めに言われていたように、どうやら
そうなりそうだと。
この病院では元気な人達は病室ではなくデイルームという場所で食事
をしてもいいそうで、早速同じ病室の方と一緒にご飯を食べたりなど
相変わらずの社交ぶり?を発揮していました!(笑)

で、またその翌日に父の病院へ行くと、今度は起き上がってテレビを
観ていたぐらいに元気な状態に!本当に目まぐるしいわ~。
実はこの2日後に救急車で転院する予定だったため大丈夫なのかな~
と心配していたものの、予定通り転院するとのことで荷物の整理やら
転院の段取りなどを確認し当日を迎えました。
そんな当日、最寄り駅に行くと何と人身事故で電車が止まっていて!
後30分は動かないとのアナウンスだったため慌てて病院に電話をし
遅れる旨を話し何とか病院へ。全くこういう時に限って!
心配症の父にも伝えてほしいと話しておいたんですが、到着した私の
顔を見るとやはりホッとしていました。とにかく心配性なので・・・。
そして主治医も一緒に救急車に乗り込み、約1時間かけて転院先へ。
いや~救急車で1時間も移動って本当に大変!!車酔いしやすい上に
大きなサイレン音の中、右へ左へ、また急ブレーキと到着した時には
グッタリ・・・。
そんな父の転院先は実家から往復約4時間近くかかる場所だったので
母が退院した後もしばらくは行けないだろうと看護師さんにも事情を
話し父のことをよくお願いして病院を後にしたものの、実はこの前日
大変なことが起きていて、居ても立っても居られない状態で!
それでもこの翌日には母の退院も控えていたためどうにもできなくて
この時はプチパニック状態だった私。
そのことはまた次回に・・・(^^;
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by misa-88y | 2017-10-21 12:27 | 家族の病気 | Comments(2)

次から次へと・・・③

母の乳がん記の続きの前に、父の主治医から話し合いをしたいと言われ
マレーシアから帰った翌日に旦那さまと父の病院へ。一緒に母と父も。
ほぼ寝たきりの父でしたが、この頃は短時間なら車椅子に乗れるほどに
容体が落ち着いていたこともあり、またここではこれ以上の治療方法が
ないので肺の病気では日本でも有数の病院に転院し治療したらどうかと。
ま~父も乗り気だったため結局は転院することになったんですが、何と
その夜から私と旦那さまが数年ぶりに酷い風邪を引いてしまって!!
ちょうどお彼岸で翌日はお坊さんが来ることになっていたものの、私は
とても起き上がれずまだマシだった旦那さまに任せたんですが、その後
旦那さまもダウンし病院に行く気力も起きず、2人で市販の薬を飲んで
寝込んでいました・・・。

その数日後、まだ咳がでて鼻水は酷かったんですが微熱程度だったため
母の手術前の説明を聞きに防衛医大へ。
すると、病院とは思えないほどガンガンにクーラーが効いている場所で
予約時間から2時間もまた待たされながらようやく診察室へ。
もうこの時点で5時半を過ぎていて風邪が酷かった私はグッタリ・・・。
それでも前回もそうだったんですが、母が同じ質問を何度となく先生に
聞き返すことがあり、確かに専門用語も多いし理解できてないんだな~
と思うことが度々あったため、ぼんやりしながらも頭をフル回転させて
話しを聞いていました。後で母に聞かれても困らないように(^^;
結局、しこりの大きさは1,6cmでステージ1。
そして温存手術で大丈夫でしょうということで少しはホッとしましたが
先日も載せたように母の乳がんは「トリプルネガティブ」というタイプ
の可能性が高いので、手術後は抗がん剤治療が必要になるでしょうと。
更にその後は放射線治療をするらしく高齢の母に耐えられるのかしら?
と疑問に・・・。
ま~取りあえず手術をしてから決めても遅くはないしと母には話しをし
既にこの日は入院1週間前だったため入院手続きをしてから家へ。

さて、ここからが大忙し!!
この数日後には一旦福岡に戻り、私の更年期の薬や秋冬ものの服などの
荷物をまとめ、約10日近く留守にするためその間の旦那さまの常備菜
を数品作ったり。
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同じような常備菜に見えますが、少しづつ違うんですよー(笑)
旦那さまも一緒に行こうか?と言ってくれていたんですが、まだ風邪も
治っていないし、いつもの食道がんの定期健診などもあったため今回は
いいから、なるべく安静にしていてね!と3日後に1人でまた東京へ。

実はこの後もまたまた事件?が発生するんですが、それはまた次回に!
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by misa-88y | 2017-10-17 17:54 | 家族の病気 | Comments(2)

次から次へと・・・②

お久しぶりです!数日前に福岡に一旦戻ってきました。
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写真は今月初めに2~3日福岡に戻ってきた時の我が家からみた朝日。
この景色をみると我が家に戻ってきたな~と癒されます・・・。

1ヶ月半以上も更新できませんでしたが、とにかく本当に色々とあって
気分的になかなか更新する気が起きなかったんですよね。
父が肺気腫のため入退院を繰り返していることは何度か載せていますが
実は母までが乳がんになってしまったんです!
今、年間9万人もの人が乳がんになっているそうですが、まさか高齢の
私の母までがかかるとは思ってもいなくて・・・。
そんな母のことをここに載せるかどうか随分迷ったんですが、乳がんに
かかる人は年々増加傾向でいつ自分の身に起きてもおかしくないですし
忘れないためにも経過を載せることにしました!

今年8月のお盆時期に父の容体がまた悪くなり東京へ行っていたことは
先日こちらの記事に載せましたが、その間は実家に泊まり毎日のように
母と一緒にいたんです。
そんなある日のこと、たまたま乳がん検診の話しになり、2~3年前に
受けたきりだという母に「毎年受けないとダメだよー。それに自分でも
チェックできるから、お風呂に入った時にでもしてみれば!?」とその
やり方を教えてあげたところ「あれ?左側の方に豆粒みたいなコリコリ
したものがある!」と母。
え?と私が触ると、やっぱり豆粒みたいなものが・・・。
反対側には全くないので「これはすぐに病院で検査した方がいいよ!」
と言うと、さすがに母も心配になったようで私が福岡に戻った週明けに
近くの病院へ。
そこでマンモやエコー検査をし、もしかしたら乳がんの可能性もあると
言われ、いくつか挙げてくれた大学病院の中から自宅から近い防衛医大
への紹介状を書いてもらい、またその週明けに防衛医大へ。
そこでもまた同じような検査をする以外に更に病変部に針を刺す針生検
という病理検査をし「検査結果は約一週間先になりますが、その時には
どなたか家族の方と必ず一緒に来て下さい。」と言われたそう。
その日がちょうど9月の初めだったんですが、たまたまお彼岸にあわせ
東京への飛行機を早くから予約していたのでそのまま旦那さまと東京へ。
そして予約日に母と一緒に防衛医大へ行くと何と予約時間から2時間も
過ぎてからようやく呼ばれて診察室へ。
前回は女性の先生だったそうですが今回は男性で、どうやらこの先生が
主治医になるらしく、まずは「やはり乳がんでした。」が第一声。
ぶっきらぼうな感じで何だかな~と初めは思っていたものの、それでも
何だかんだとよく説明してくれ気付くと1時間以上はたっていて・・・。
更に母の乳がんの種類が「トリプルネガティブ」というやっかいな種類
の可能性が高いらしく、それがはっきり分かるのが手術後の病理検査の
結果がでてからということ。
どちらにしても、この「トリプルネガティブ」だったら若いとか歳とか
関係なく進行が早いらしく、多分この半年から1年以内のものだろうと。
そしてこの後は更にもっと詳しい検査をしていくので本来なら初診から
手術までは大抵2~3ヶ月はかかるところ、そんな訳なのでその時点で
1番早い1ヶ月先の手術日を事前におさえてくれたんです。
母の場合は初診から手術日まで1ヶ月と1週間でした。

ということで、更に3週間先(手術日の1週間前)に更なる検査結果と
手術方法の説明があるんですが、その時にも家族の付き添いが必要だと。
やはりがんと告知された本人は冷静でいられない場合が多いこともあり
告知の際には家族の付き添いを必ずお願いしているんだとか。
母もショックではあったようですが、元々サバサバしていて明るい性格
なためクヨクヨしていても仕方がない!と言うので本当に助かりました。
私ならかなり落ち込みそうなので・・・。

実はその検査中に私はマレーシアへ行っていたんです。
昨年11月ぐらいから今年6月頃までは父がどんどん元気になっていて
食欲も旺盛で治ったの?なんて冗談で話していたぐらいだったんですが
ちょうどその頃に安いチケットを見つけ購入してしまっていて・・・。
それでもギリギリまで行くのを迷っていたものの、その間は検査だけで
父も落ち着いていたため「行ってきなよ!私もサークル活動や友達との
約束とかあちこち出かける予定があるから!」と母も言ってくれたので
しばらくは旅行どころじゃなくなるな~と行くことにしました!
その旅行記はまたそのうちに。まだ6月の旅行記も途中なので・・・。

次回は手術1週間前の説明のことからアップしていきますね!
長くなってしまいましたが、何かしらの参考になればと願って^^
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by misa-88y | 2017-10-15 12:36 | 家族の病気 | Comments(0)

次から次へと・・・

昨日、東京から福岡へ戻ってきました!
実はまた父のことでお盆真っ只中に東京へ行くことに。
一時はどうなるかと心配しましたが多少は落ち着いてきたので
取りあえず福岡に戻ってきました。
それにしても、お盆だし飛行機が空いていないかも?と当初は
思ったものの空席もいくつかあったり。そんなものなんですね。
ただ、そうはいってもお高いので、こういう時は登録してある
JALの「介護帰省割引」を使うことにしています。
1年中ほぼ同じ料金で空席さえあれば365日いつでも使えて
無料で変更もできます。ま~少々割高ではありますが、通常の
直前購入の金額よりはお安いですし重宝しています!

そんなこんなで最近は体力的にも精神的にも疲れることが多く
更に数年前からは酷い更年期にも悩まされていたんですよね。
今は良い病院と出会い症状も随分治まっていますが・・・。
そんな色々な症状が出始める40代以降の女性に特にお薦め!
と先生に紹介されて最近飲み始めたのが「エクエル」。
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大塚製薬から発売されていて、今話題?のエクオールを含んだ
大豆を乳酸菌で発酵させて作った供給食品。
ビタミン剤などは一切飲まない私がこれだけは続けています。
まだ飲み始めて2ヶ月程ですが、さてどうでしょう・・・!?

で、ようやく福岡の自宅に戻った今度は旦那さまに異変が!
最近、深夜に足がつることが多く寝不足気味だった旦那さま。
朝起きても痛みが取れないことが続いていたせいか、もう我慢
できない!と病院へ行くと肉離れを起こしていたんです!
注射をしてもらい、しばらく歩くのは控えて安静にと・・・。
今年3月には、ふくらはぎの筋肉が切れたり、昨年の6月には
脛をバックリ切って10針縫ったりと災難続きだわ~。
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これは足がつった人に効くというツムラの「芍薬甘草湯」。
よく足がつるという友人のご主人が劇的に効いたと教えてくれ
家の旦那さまも早速処方してもらいました。

と、ま~次から次へと色々とありますが、自分も周りもそんな
年齢になってきたんだと思うしかないですね~。
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by misa-88y | 2017-08-18 16:24 | 家族の病気 | Comments(0)